なんかレアな人物
松下幸之助という人物がかつて日本の経営者として存在していた。彼の創設した会社は、現在パナソニックと呼ばれている。松下幸之助という人物はひと昔前にお亡くなりになられた。彼の経営理念や社員の教育方針、哲学的思想は彼の著作として残されている。私は若い頃、彼の著作を数冊読んだが、彼の思想の根本に何があるかは理解しなかった。
最近、彼の著作を読んでみた。結論から言えば、彼は昭和の人であり、昭和にしか生きられない人であり、昭和の産んだサイコパスだと考えてほぼ間違い無い。私は彼の著作を読みながら、心痛を止める事が不可避だった。
松下幸之助が幼い頃に丁稚奉公していた時、彼は主人から煙草を買うように命じられていた。そのうち彼は毎日煙草屋に通うのは面倒くさいと考える。いっそ一度に沢山買っておく方が楽だ。そこまでは普通の考えである。ところが彼は、煙草をまとめ買いすると、一個あたりの煙草の単価が安くなる事に気付いて煙草を大量にまとめ買いし始めた。そこまでは別に悪くない。しかし、彼は煙草の一括購買による利潤を自分自身のポケットに入れていた。当然、その事実が露見すれば、同僚の丁稚仲間に責められるし、実際責められた。そしてその事実は主人にも伝わって、主人は彼に小銭を稼いで自分のポケットに突っ込むのは止めておけと言った。
その時彼はこう思った。
利益を自分だけのものにするのはあまり良くない。
この様な意味の事を考えたらしい。
彼の倫理観と良心と善悪の判断は痛々しい程人間性を失っていた。
事実として、彼は主人のお金をくすねる方法を考えて実行しただけである。少なくとも、彼は煙草の一括購買による利潤の詳細を主人に告げるべきだった。彼の幼い罪悪感は全く機能しなかったのである。彼の商売人としての生来の倫理観は、この時点での事を考えると、かなり根本的に間違えていた。
ところで、私は若い頃に彼の著作を読み、彼の会社でのやり方を知った時、かなり不安にとらわれた。
彼は自分の会社の社員にとても親身になって接しており、決して社員を安易に蔑ろにはしない。そして彼は会社と社員の規律を厳しく設定した。彼の社員は、運動会などを彼の規律の下に毎年毎回実行したりしていた。その様子はさながら何かの群れが規律を持って一律行動している様だったらしい。この時点で私は彼の言動に何か言いようのない不安を感じたが、当時私は若かったので、それ以上深く考えなかった。
松下幸之助は、後年の彼自身の発言からも知られる様に、語学的才能があまり無かった。
彼は海外の有名な経営者の言葉を引用して著作に記している。
海外の経営者はこんな言葉を言った。
“優秀な技術者ほどできないと言う”
松下幸之助はこの言葉を正確に理解する事が出来なかった。
松下幸之助はこの言葉を引用してこう論じている。「優秀な技術者は優れた知識と知能をもつ高学歴者あるいは知的訓練を経た人間だが、その人々は自由な発想や意欲に欠ける。なので、知識や知能があまり無い人々がその人々の代わりに頑張って仕事をする必要がある。(?) そして知識や知能のある人々は、もっと自分に自信を持って頑張るべきである。(?)」
松下幸之助の言語能力はさておき、
ここで普通に海外の経営者の言葉を説明するが、
“優秀な技術者ほどできないと言う”
この言葉の意味は、優秀な技術者は、自分達が現在所持している技術では、ボスのアイデアをそのまま実現する事が不可能だと思うから、ボスに正直に現状を説明する為にそう言う。そして優秀な技術者は、ボスのアイデアを色々と検討し、すぐに結論を出す事をせずに、慎重に現在使用できる技術の応用や活用法を検討し、さらに新しく技術を開発する為に考えを巡らせる。ボスはもちろんそれをよく知っている。ボスが何故、”優秀な技術者ほどできないと言う”と言ったのか、それは、優秀だからこそ、安易に出来るとは言わないし、ボスもそれは知っているが、それが優秀な技術者のいつもの反応だし、またそれかとは思うが、結局優秀な技術者をこそボスは頼りにしている。
ボスはこうも言うかもしれない。
“優秀ではない技術者ほど簡単に何でもできると言う”
どうやら松下幸之助は言葉の背景も内容も全く理解出来なかったらしい。
彼は年老いてから、哲学と称する著作を執筆した。それは彼の生涯の軌跡の証明の様な内容である。しかし残念ながら、私は彼の哲学の著作を最後まで読む気になれなかった。その著作の内容がとても心痛を呼び、しかも退屈だったからである。
彼は素直という言葉を好んで使用したが、彼の概念の中の素直とは、会社に無条件で忠誠を尽くす事だった。通常、素直であるという事は正直である事に繋がる。しかし彼の理論は飛躍し、素直に生きる事は、神に忠実に生きる事だから、つまり彼の仕事は正しい筈だから、彼の会社に忠誠を尽くす事は素直な事だし、それに派生して社会に滅私奉公する事は神の意思だと彼は考えたので、彼は自らの哲学で、人々は社会の為だけに命を賭して生き、社会の為だけに仕事を命懸けでやり遂げる(奴隷)事が素直に生きる事だと認識していた。
…松下幸之助は福利厚生や社員の待遇を良くしたブラック企業のアーキタイプを創設していた。
彼はまた、こんな事も著作に記していた。
「大自然は我々が従うべきものである。我々は大自然に生かされている。我々は大自然に感謝し、恭順すべきである。
そして、人間は使命を負っている。我々人間は、生かされているという認識を持ち、大自然や地球を支配しなければならない。(?)我々人間は、地球を支配し、宇宙を支配し、宇宙の根源の神なるものの代弁者、あるいは代表者として、宇宙の根源の神に成り代わって宇宙を支配するべき立場にあるのだ。(?)」
彼の理論は完全に矛盾しているが、彼はそれに全く気づいていない。
我々日本人は、古来から自然と共存してきた。日本人は、別に自然に従い切った覚えもなければ、自然を無理矢理支配下に置こうとも考えなかった。松下幸之助は一体どこの国の人間なのだろうか?しかし、彼は自然に従順になる事から始まり、それからどうやって全宇宙を支配下に置くという発想に行き着いたのだろうか?
多分、彼の心の中では、世の中を経済発展させる事が最重要であり、もしくはそれが全てだったのだろう。なので、彼はその為には何を犠牲にしても全く支障ないし、それが神の意思だと疑わなかった。しかし彼は、神という存在を、人間が人間の為に作り出した概念としか考えていなかった。つまり、彼は神の意思というものは、人間の意思だと考えていたのだった。彼は自分が人間であっても、人間の本質をほとんど認識する事が不可能な人間だった。彼の心の目は盲目に近く、彼の認識力は薄暗い闇の中を彷徨うだけで、実際、彼は現実ですらその視界と頭脳で認知する事が困難だったのだろう。彼は果たして幸せな人生を生きていたのだろうか。
彼は経営者として成功し、また色々な方面でも活躍した。松下政経塾、PHP、あとは申し訳ないがよく知らない。それと、浅草の雷門の大きな提灯に彼の名前が記されているらしい。何があったかよくわからないが、神域の重要な部分に自分の名前を記したい人間の気持ちはあまり理解できないかもしれない。
彼は会社から貰う給料の2倍、4倍、10倍働いて会社と社会に奉仕するのが人として立派な事だと考えて、部下や社員にそう諭した。彼が何が言いたいのかよく分からないが、社員の能力と努力と労働力は全て私と私の愛する経済界の為にあるので、社員は能力に比例した給料を貰えなくても当然だと言いたいのだろうか?
彼は健康管理は怠るべきではないと言う。しかし彼は、徹夜仕事やハードワークを推奨している。その理由は、”熱心に熱中して仕事をする人は疲れたりしない” 何が言いたいのかよく分からないが、彼は要するに、社員に熱心に休みなく仕事をし続ける事によって健康管理をしろと言っているのだろうか?
松下幸之助はブラック企業の始祖であり、ブラック企業界のカリスマであった。彼の謎理論は時間を超えて現代のブラック企業の手本となり、そして何故か彼はパナソニックの社員達に本質的に尊敬される事は無い。パナソニックの社員達は、今日も朝礼でよく分からない松下幸之助の考案した教訓呪文を唱えて、それについて”こんな意味不明な”と思いつつ、仕事をする。